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だーいし。

  • プロフィール
    クリープハイプとなんでもない日々と暗めの小説が好きです。

  • 住野よるさんの小説は、なぜか脳裏に実写よりもアニメ化された映像が浮かぶ。
    例外もあるけれど、僕個人として、アニメにはフィクションの美しさがあると思う。虚構だからこそ泣きたくなるほど綺麗で、本物じゃないからこそ自分の考え方ひとつで本物にすることも出来る。
    大事なのは決めつけないことだ。翼はなくても想像力で飛ぶことも、氷を散らす風すら味方に出来るはずなのだ。
    「また、同じ夢を見ていた」の持つ儚さや毒はスピッツの楽曲にも通じる。彼らは一見爽やかそうでも捻くれていて狂気な側面を持つロックバンドだから。
    もしも"優しいあの子"が目の前に現れたら、僕は彼女に人生とは何かを教えるどころか、教わってばかりになってしまうんだろうなあ。
  • 主人公の捻くれ方が最高で最悪だった。劣等感、凝り固まった考え、強すぎる正義感や拘り。
    味方は出来ないけど、理解は出来る。ちゃんと身に覚えがあるからだ。
    痛みのある終わり方は何故か救われる。痛みから学んでばかりじゃ虚しいけど、痛みから教えてもらうことは沢山ある。
    現実の厳しさを目の前にしながら、この主人公たちにちゃんと笑える未来があることを切実に願ってしまう。大事なものなんていくつもないけれど、最後に笑うのは正直なヤツだけだという事実は死ぬまで信じていたい。
  • 一度ハマったら生活を投げ捨ててしまう程にハマってしまうトリツカレ男、ジュゼッペ。その愛情の深さとハマるととことんな性格は、ほんのり危うさが混じってて面白かった。
    我を失ってもいいと思える愛情のことを、最愛と呼んでもいいんじゃないだろうか。
    ジュゼッペが愛おしくなった。‬
  • "全員が納得するそんな答えなんかあるものか"

    たった一言のフレーズにとんでも強さを感じた。そしてこのフレーズは、"ふがいない僕は空をみた"の全編に共通している。誰もが納得するものなんて、おそらく存在しない。自分が選んだ答えを、選ぶしかなかった道を進んでいる彼らに青春のカケラを感じて、羨ましくなった。

    "真っ白な群れに悪目立ちしてる 自分だけが真っ黒な羊 と言ったって同じ色に染まりたくないんだ"

    自分の色を選んだ彼らが、心の底から笑える日がくることを願う。
  • どちらにも夜、花というキーワードがピッタリハマった。
    〈僕の目 ひとつあげましょう だからあなたの目をください
    まだ見たことのない花 新しい季節を探してた〉

    目は芽とも言い換えられる。可能性に満ち溢れている芽。それを子どもとして、代わりに目を差し出す。見張る、見つめる、見直すなど、子育ては目を使う機会が多くある。目から芽を育てる。そんな感覚でピッタリだと感じた。
    新しい季節は良い言葉だなと思う。章の終わりには明るい気持ちになった。もがきながら、悩みながら、新しい季節を見つけたときの彼らの幸せを願ってやまない。
  • こればかりはおどるポンポコリン、以外にピッタリの曲はないだろう。作詞にはさくらももこも参加している。
    この曲にもエピソードがあり、少女時代のさくらももこが家族と団欒中、植木等が歌うスーダラ節がテレビから流れ、「『ああいう歌を作りたい』……15年後その夢をすてずに作った曲」

    それが今もなお愛され続けているおどるポンポコリンであった。
    聴く人を「なんとかなるさ」と思わせてくれる前向きなエネルギーに満ち溢れていて、ゴールデンボンバーがうたうことでそれが更に日曜日の夜の憂鬱を吹き飛ばしてくれる。
  • 背中を押す曲は沢山あるけれど、予感は手を引いてくれる曲。それも満面の笑みで。
    背中を押すこと、手を引くこと、その違いは誰が前に立っているかだ。手を引く人は先頭に立ち、後ろの人の指針でいなければならない。どうしても踏み出せなかった一歩目を、無理やり押して出させるのではなく、一歩目を出したい気持ちにさせる。
    SUPER BEAVERの歌には勇気づけられる。
    勇気を出して一歩踏み出せたなら、あとは自分の予感がする方へと歩み出していくだけだ。
    "嫌われる勇気"で伝えたいメッセージも、予感のメッセージも、笑ってしまうほどシンプルなものだったなと思い、歌詞の一部を抜粋する。
    〈正解なんて あって無いようなものさ 人生は自由〉
  • ぴったりだと思ったのは歌詞や世界観がマッチするからというよりは、ファンの捉え方が同じだからだ。
    両者とも"内容よりも伝え方"を大切にしている。
    無意味そうなのにときおり現れるハッと核心を突くような歌詞。
    意味を持たないことが、対照的に一行に込められた意味を重くする。
    能ある鷹は爪を隠す。ヤバTも"カップ焼きそばの作り方"もキャッチーの皮を被っているが、一枚剥いだところには底無し沼のようなマニアックさを秘めている。
  • 一章ごとにテーマソングがつけられているため、主題歌をつけるのは野暮なことかもしれない。
    洋楽の主題歌を著者本人でつけたなら、外野からはこの曲を主題歌に抜擢したい。
    yonigeのさよならアイデンティティー。
    上手くいかない恋愛を、思わずタバコに火をつけたくなる気持ちを、一番掬い取ってくれるのは彼女たちだ。荒削りな演奏も、後悔の歌詞も、主人公の耳にイヤホンをぶっ刺して大音量で流したい。
    誰かが居ないとアイデンティティーすら失ってしまう感情、分かるでしょ?と意地悪な質問をぶつけてみたい。
  • "彼女は間違いなくブスだった。ただ、そんな彼女の良さを分かるのは自分だけだとも思っていた。"

    ブスという表現が出てきたときにもうこれしか無いと思った。
    愛しのブス、大好きな人にそんなことを言ってしまうのは魅力が分かるのは自分だけという特別感もあるけれど、それを言っても大丈夫という安心感もあるからだろう。
    最初は絵文字やスタンプを使ってやりとりしていたラインが仲良くなるにつれ淡白になっていくのと同じで、ブスという表現は心を許してしまった証ではないだろうか。
  • 告白を読んだ後のスッとしない気持ちと、女王蜂のQを聴いたあとに心が沈む感じ。
    紅茶を飲んでいて、最期の一口に溶け残った砂糖がジャリジャリと口の中で邪魔になるときを思い出した。
    修哉が母親を想う、まっすぐでわがままな気持ちがこの曲とリンクしてしまって遣る瀬無くなる。
    何をされても子は親を選べない。どんな親であろうと代わりは効かない。
    殴られようが、去られようが、修哉にとって母ひ大好きな母なのだ。
    最後のフレーズが〈母さん譲りの泣き顔が鏡の中で佇んでる〉砂糖のように溶け残る。
  • 息も出来ない程こんがらがった感情をクリープハイプの声が代弁してくれる。変な声だと言われた彼の声が、「普通の下らなさ」を教えてくれる。
    ひっ迫したサウンドと〈瘡蓋の中にはね あの頃の傷が眠ってる〉のフレーズは言いたいことが言えない著者のこだまさんのようだ。
  • 今年紅白にも出場することも決定し、活躍の場を益々広げているSuchmos。
    彼らは自分たちのやりたいように、自分たちが見ている世界を変えていく。
    彼らのように自分の表現を具現化できたら、めちゃくちゃかっこいいだろうな。

    〈簡単そうに見えるかい?そう簡単じゃないんだぜ〉
    バンドも、何かを表現することも同じだ。簡単そうに見えて、全くそうじゃない。

    〈のるか おりるか 君が選べよ〉
    選択肢が多くなったこの時代では、自分で決めていくことが想像以上に大切なのかもしれない。
  • 〈君の前では飼い犬みたいで〉はまさにだめな男、大輔を彷彿とさせる。
    振り向いてほしくて、甘えてしまう。
    男としてはあまりにも情けないけど、それしかもう武器がないんだから仕方ない。
    本当はもっと優しい形で好きだと伝えたいんだけど、なんで上手くいえないんだろう。
    「終わってから分かっても遅いのに。」って分かっているのにな。
  • 広告コピーなんて言葉による商法のひとつかもしれない。
    言葉は所詮、文字の集合体なのかもしれない。
    しかしながら、言葉の源泉を辿ればそこにちゃんと心があって、心の通ったやりとりが美しい言葉を生み出すんじゃないだろうか。